眉毛を吝まず(びもうをおしまず)

前回のブログに「うつと胃下垂には雑巾がけ」に続いて、同じ安岡正篤先生の『運命を創る』からの引用です。

「不吝眉毛」(眉毛を吝まず) という言葉は、禅の書物にしばしば出てくるそうです。
これは、老僧が説教をする際に「わしが口を酸っぱくして話をして聞かせる」とうい意味合いでいうのだそうです。
労を惜しまないことを言っているようだが、なぜ眉毛なのか?ということが安岡先生にとってはずっと疑問だったそうです。
確かに、まったくわかりませんね。

眉毛

安岡先生はあるとき、漢方医学の本を読んでいた時、その答えを得たそうです。

それによると、

舌は心臓系統に属する。そして、この系統は眉に関係がある。心臓、舌、眉は同一系のものだ

ということが書いてあったそうです。

健康な心臓

経絡の考え方ですね。体内のエネルギーの通り道がいくつかあり、そのうち心臓からのエネルギーを伝えている通り道に舌や眉も含まれるということのようです。

さらに、

あまり舌を使うと心臓を傷める
心臓を傷めると眉毛が抜ける

ということも書いてあったのだそうです。

舌

また、その後お医者さんの話によれば、事務所のようなところでテーブルをはさんで20分会話するだけで、一里(4km)ほど散歩するくらいのエネルギーを消費するとのことです。
だから、説教などで何人もの人を前に2時間話せば、心臓も疲弊して眉毛も何本も抜けるだろうとのことです。

その抜ける眉毛を惜しまずに話し続ける、ということを「不吝眉毛」と表現したのですね。
昔はお坊さんの間でも、このような東洋医学の知恵が広く浸透していたのでしょうね。頭が下がります。

 

ちなみに、同書の中で安岡先生は、眉毛は顕微鏡で見ると終始参観に活動している。人間の精神状態で伏せたり立ったり、あらゆることをやっていることがわかる。といっています。

ひょっとしたら、顕微鏡を使わずとも、間近でじーっと見ていれば、肉眼でも眉毛が盛んに動いているのがわかるかもしれませんね(笑)